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コロポックル伝説

 芽室町の言い伝えの一つにコロポックルの話があります。北海道が蝦夷と呼ばれた昔。魚をとったり、狩りにすぐれた小人族のコロポックルが芽室の新嵐山付近で暮らしていたそうです。その伝説をご紹介します。
新嵐山荘のロビーに設置された『 コロポックル 』
▲新嵐山荘のロビーに
設置された『 コロポックル 』
はてしない草原と密林が続く十勝原野には、まだ一筋の道もなく昼夜問わず野獣の泣き叫ぶ中、十勝川支流美生川を登り魚影を追う一団がいた。それはコロポックル族であった。

美生川は川幅も狭く水量も手ごろで魚の数はどの川よりも多く、更に上流へと登っていくと山峡の中の大きな滝にたどり着いた。その場所が丸山であった。滝の下流は魚を手づかみするほど豊富な漁地であり、山々には、ブドウ・コクワ・野イチゴ、原野にはウバユリを始め、野草が群生し、この丸山を一族の安住の地と定め、早速、竪穴住居を作りました。コロポックル族の生活は「雨が降ったり、日照りが強いとフキの下で休み、腹が減ると狩をし、満腹になると寝る」など平和で優雅な暮らしをしていた。

ある日、大変恐ろしい話しが伝わってきた。それは身の丈6尺(約182cm)あまりある眼光鋭く、頭髪の多い猛虎かと思われる異民族が攻め登ってくるということであった。コロポックル族は、丸山の断崖を砦として異民族の襲撃を防ぐことにした。サケを追って美生川を登ってきた異民族は、コロポックル族の「安住の地を守る強固な砦」に向かって激しい攻撃を加えた。

その後、このような戦いが二度繰り返されました。ところが数年後、猛獣の吠える上伏古の原野を突破した異民族は、なだらかな砦の背面に回り、怒涛のように押し攻め砦を奪い取ってしまった。その後、安住の地〜丸山からコロポックル族の姿は消えてしまった。


(芽室町郷土読本より)

十勝地方でコロポックル伝説は数多くありますが、唯一、芽室町丸山に異民族との古戦場跡(砦跡)と、それにまつわる伝説が特に有名な話として伝えられております。
コロポックルの銅像
コロポックルの銅像
コロポックルの銅像
アイヌの伝説ではコロポックルは蕗の下に隠れて、その姿を現さないそうで、 「森の妖精」「森の神様」ともいわれています。

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